俺の繁栄は先祖の賜物
こんにちは
今回のテーマは
藤原氏!
藤原道長は
おそらく多くの人が
知っているでしょう
藤原道長が
栄華を極めるまで
藤原北家による
他氏排斥がありました
今回は
その政変を
一つずつ確認しましょう!
多くの人物が登場し、
かなりややこしい部分です
しかしながら、
平安時代で、
最も重要な分野の
1つです
この記事を読むと
完璧に覚えられます!
逆に読まないと
平安時代を
理解するのは
かなり苦しくなります
それでは出来事別に
古い順から
みていきましょう!
薬子の変とも言います
藤原氏→冬嗣
排斥→藤原仲成が逮捕・射殺
薬子が自殺
この事件で
藤原式家が衰退し、
北家繁栄の
端緒となりました
藤原氏→良房
皇太子恒貞親王の
謀反事件がきっかけ
恒貞親王は
皇太子を廃され、
配流されることに
この変の結果として、
北家の優位が
確立されました
藤原氏→良房
平安京の
応天門の放火事件がきっかけ
この事件で
配流されることに
結果として
良房は
正式に摂政となりました
良房の後の
基経も摂政となり
その後
初の関白となります
そのすぐ後に
阿衡の紛議
藤原氏→基経
宇多天皇の勅書に抗議
↓
天皇が撤回
一連の動きをきっかけに
橘広相が責任を追及される
この事件で
関白の政治的地位が
確立されました
しかし、この事件後
宇多天皇は
菅原道真を重用し、
親政を展開します
その後、
醍醐天皇も
親政を展開し、
藤原氏は少し影を潜めます
しかしここでも事件が、
菅原道真左遷
昌泰の変とも言います
天皇→醍醐
藤原氏→時平
左大臣時平、
右大臣道真の
娘婿の斉世親王即位を
策謀と訴えました
結果として
菅原道真は
太宰権帥へと左遷されることに
その後
村上天皇により
親政が行われます
それでも事件は起きます
天皇→冷泉
藤原氏→実頼
左大臣の
源高明が
失脚へ追い込まれます
その後
摂政・関白が常に置かれ、
その職を藤原一族が
継承することになりました
ここから
あの有名な
道長・頼通の栄華へと
つながっていくのです
いかがでしたか?
とてもたくさんの
人物が登場しました
この部分は
平安政治史の
肝となる部分です
正確に覚えていないと
平安時代の問題の
正答率が
かなり下がります
そうならないためにも
今すぐ
この記事を
保存しましょう
そして、
ノートに出来事別に
要点・人物を
まとめましょう
そして、
声に出して
繰り返し
復習しましょう!
後回しにすると
いつまでも
覚えられません
絶対に
今すぐ行動しましょう
行動をした者だけが
合格を勝ち取ります
最後まで
ご覧いただき
ありがとうございました